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教師ですが、さっそく読みました

親たちの暴走 日米英のモンスターペアレント (朝日新書 99)
昨今はやりのキーワード「モンスターペアレント」に関し、日本では、両親によって教師が追い込まれていく様がセンセーショナルに取り上げられているが、その紹介に止まらず米国での「ヘリコプターペアレント」、英国での「フーリガンペアレント」に関しても、生々しい実態が描かれている。
現在私も教壇に立っている教師の一人だが、モンスターペアレントと日々対決をしており、海外での過激な事例にかなり驚かされた。
本書には対策まで踏み込んで記載されていることから、教育現場必読の書と言えるのではないか。
引用元:教師ですが、さっそく読みました
親たちの暴走 日米英のモンスターペアレント (朝日新書 99)
子どもが変わった・・・
昨今よく言われる言葉である。ではどのように変わったのか、いつ頃から変わったのか。
そしてもっとの重要なことはどのように対応していくのか。
プロ教師の会代表として、長年現場で子どもたちを見てきた著者が豊富な経験と深い見識を基に教育の実情を分析し、あるべき姿を追求しているの本書である。

子どもたちが変わった最大の要因。
それは消費主体としての個を確立していることである。消費の主体としての個は金銭と商品を等価交換する。同じ額の金銭であれば誰が持っていようと同じ価値を持つ。たとえ子どもであっても。そのようにして個を確立した子どもたちは学校においても等価交換の原理で望む。

しかし、等価交換には重要な問題がある。
交換するには価値を知ることが必要なのである。価値を知らなければ交換の代償を計り得ない。そして教育というものはそもそもその時点でで価値がわからないから意味があるとも言える営為である。そこで子どもが代償として提示できるものは不快感だけである。自分の時間と労力の代償として不快感を表出するという分析は衝撃的であった。
教育の持つ贈与という前近代的な部分が消費社会とは相容れないのである。

では教育はどこへゆくべきなのか。
これだけ教育を巡る混沌が深まる現在、教育の再定義が要請されているように思える。
本書にはその処方箋の一つが記されているように感じた。




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